太宰治賞
第41回

2026/03/19

第41回太宰治賞 贈呈式が行われました

 613日(金)、一ツ橋・如水会館にて、第41回太宰治賞(筑摩書房・三鷹市共同主催)の贈呈式が行なわれました。

 

 最初に、三鷹市の河村孝市長が主催者挨拶を行ないました。

 

「毎年ここで太宰賞の受賞者をお祝いできることを、本当に嬉しく思っています。これも四人の選考委員の先生方が本当に素晴らしい視点で評価していただいて、1478編もの応募作から選び出していただいたゆえの結果だと思っています。この賞を受賞した後に、他の大きな賞をもらう受賞者も大勢いらっしゃいますので、太宰賞が新人賞として本当に定着してきたと感じています。

三鷹市が、なぜ太宰賞を応援しているかというと、三鷹の町のアイデンティティとして「文化の街」というのがありまして、その大元にはやっぱり、太宰さんがいらしたことが大きいと思っているからなんです。三鷹の市民の皆さんも、やっぱり太宰さんが生きていた街・三鷹ということを大変評価してくださっているのもあります。

少し余談になりますが、先日、解体されましたが、三鷹駅から少し西に行ったところに、中央線を跨ぐ跨線橋があったんですね。太宰さんがマントというか掻巻のようなものを着て写っている有名な写真があって、ファンの方もよく知る場所でした。90年前に作られて、ある意味三鷹の象徴とも言える橋だったので、出来れば残したかったのですが、三鷹市が貰い受けて仮に作り直すとしたら30億はかかると。それであえなく断念したわけですが、でもせっかくだから、なにかモニュメント的なものを作ろうと、そしてレールや階段のぶぶんを使った文鎮や一連の経緯を本にしてふるさと納税の返礼品にしようというプランを考えていますので、その節はぜひ三鷹市にふるさと納税をしていただけると嬉しいです。

 そのように、跨線橋含め、三鷹のあちこちに太宰さんがもっとも活発な執筆活動をしていたときに暮らした痕跡がありますので、それらを大事にしていく、そうやって太宰さんの功績を顕彰していく、その一環として、私どもはこの太宰賞をバックアップしていきたいと思っておりますので、これからもよろしくお願いします」

 

 続いて、筑摩書房・増田健史社長が挨拶を述べました。

 

「本日はご多用の中、第41回、太宰治賞贈呈式にお運びいただき、誠にありがとうございます。まずは受賞されました前田知子さん、本当におめでとうございました。また、今回も最終候補作それぞれの最良の部分を引き出して議論してくださった選考委員の皆様にあらためて感謝申しあげます。

さて、先ほど市長からも太宰治について言及がありましたが、今年2025年は、戦後80年。言うまでもありませんが、太宰も戦争の影響を抜きに語ることのできない作家の一人です。では、ちょうど80年前、戦争終結の年、太宰は何をしていたか。19453月、空襲警報がしばしば鳴り響く中、彼は東京・三鷹である作品を書き始めます。その後、空襲に遭うなどして甲府へと疎開するわけですが、その疎開先で6月にその原稿を書き上げました。そして、敗戦を挟んですぐの10月、筑摩書房よりその原稿は出版されました。『お伽草子』という作品で、言わずと知れた大傑作です。

私も時おりこの作品を読み返すのですが、そのたびに思い出すことがあります。太宰賞の選考委員を長年務められた、加藤典洋さんの言葉です。加藤さんは折にふれこの『お伽草子』などを取り上げて、次のようなことをおっしゃっていました。こういった作品を書いた太宰の名を掲げるこの太宰治賞は、文学がどのような読者にも開かれているという度合いが他 よりも強い、そういう賞なんだ、と。加藤さんがそこで本当に何を言いたかったのか、私がどこまで十分理解していたか、それはいささか心もとないところもあるんですが、ただ、いずれにしましても、関係する多くの方々のお骨折りに支えられて、この太宰治賞は、文学がどのような読者にも開かれているということを体現しようと志す新しい書き手たちを長年にわたり世に送り出してまいりました。

この一年も、近年の太宰賞受賞者たちの活躍の知らせが耳に入ってきています。ちょうど一年前の6月、第36回の受賞者・八木詠美さんの受賞第二作『休館日の彼女たち』が河合隼雄物語賞を受賞されました。また、第39回の受賞者・西村亨さんの受賞第二作『孤独への道は愛で敷き詰められている』は『本の雑誌』の2024年度年間ベストテン第3位にランクインしました。そして去年、第40回の受賞者・市街地ギャオさんによる『メメントラブドール』は野間文芸新人賞の候補作に挙がるなど、広く話題を得ました。今回受賞されました前田さんも、先輩方に続いて大いに活躍されることを願っております。私どもも微力ながら全力でお手伝いをしたいと思っています。

今回の受賞作、まあ現実には起こりえないような一風変わった設定なんですけれども、主人公の女性が清々しいほどまっとうな人で、心を動かされました。太宰のさる有名な作品を想起させるようなディテールもあって、興味深かったです。前田さんがここからさらに文学の世界の外にまで読者の層を広げていくような作品を書き継いでくださることを祈念しまして、私からの挨拶に換えさせていただきます。本日は誠にありがとうございました」

 

 引き続いて、選考委員を代表して津村記久子氏が選考経緯について述べられました。

 

「こんにちは。まずは前田知子さん、太宰治賞の受賞、おめでとうございます。

 まずは、全体的に粒がそろっている、という所感を話されていた選考委員さんがいらっしゃって、わたしもそのように思いました。どの作品にも、その作品独自のおもしろさや偏りがあって、自分以外の選考委員の先生方がどのようにこれらの作品を読まれたのか、とても楽しみに選考会に向かったのを覚えています。

 大学生の女子の体毛へのコンプレックスを中心に話が進んでいく「神様の肌」は、「毛」、体毛へのこだわりが非常におもしろい、という評があり、また、「私の見ていた世界が壊されていく感じ」がおもしろく読める、という評価もありました。わたしは、里穂という視点人物で主人公の女の子が、凡庸なようでいて、一見個性的に見える友人の芽吹よりもかなり変だという設定が好きで、偏った内面世界を持つ彼女の日常が、紆余曲折の末、家族の再編へと流れ着いていくという展開もなんだか飄々としていて楽しく読みました。

「黒南風(くろはえ)」は、自分の過失により親友と離別した少女が、ずっとそのことに縛られて生きてきたが、親友そっくりの俳優が現れて少しずつ心境が変化してゆく、という様子を詳細に描いた作品です。わたし自身は、それなりの分量があるのに非常に読みやすかったことにまず驚きました。同じ「読みやすい」という感想は他の選考委員の先生からもありました。議論の中では、ヘッセの「少年の日の思い出」という作品が引き合いに出され、「この程度のことが傷になる」十代の心情がよく書かれていた、という所感などがありました。

「地下世界の俄雨」は、キャバクラの「送り」という、送迎ドライバーの仕事をしている元キャバクラ嬢の女性と、彼女の仕事相手であるキャバクラ嬢たちの交流と友情未満の心情の行き来が、密度の高い一人称の文体で語られる小説です。「キャバクラに勤める女性たちの造形が、語りの工夫によって厚みがある」「四作品の中ではもっとも奥行きがあるのでは」といった評価がありました。わたし自身も、主人公の複雑な人物像の書き込みや、女性の間の、友人になりたがってるのか、それとも知人でいたほうがいいのか、という微妙な距離感にとても感情移入し、読むうちに彼女たちの幸福を願うようになっていました。議論の中では、この作品と、受賞作である「フェイスウォッシュ・ネクロマンシー」との決選投票ということになりました。

「フェイスウォッシュ・ネクロマンシー」は、中学生の息子がいる女性が、ある特定のスキンケア用品を使って手がきれいになると、同じように手がきれいだった祖母の幽霊が周囲に現れる、という不思議な小説です。「文体や言葉使いによる物の捕まえ方がおもしろく、軽くて笑いがある。書く対象との距離感の中での語りがユーモラス」という評価があり、わたしも同じように感じました。個人的には、バイト先の店長の重野さんへの、同じように不登校の息子がいるのに共感しきれない環境の差異への嘆きであるとか、祖母が美空ひばりやきんさんぎんさんのシルバーカーの話をしていたことを思い出す場面であるとか、ビートルズの「ハローグッバイ」が言及される部分など、とても印象的な記述やシーンが多数ありました。自分が書いた選評には「非常に味わい深い」と二度も書いていて大変お恥ずかしいのですが、そんなふうに何度も繰り返してしまうような、無数の小さな傷がたえない日常と、ゆるやかな人生の起伏の交錯を、楽しく工夫に満ちた筆致で書かれたすばらしい作品であるとわたしは思いました。すごくおもしろかったです。

 前田さん、このたびは受賞おめでとうございます。ご静聴ありがとうございました」

 

 表彰状、正賞及び副賞授与のあと、前田知子氏が受賞の挨拶をしました。

 

「前田知子と申します。この度は、私の書いた小説に、栄えある賞をいただくことになりました。ありがとうございます。

お礼からご挨拶をはじめてはみましたものの、ほんとうは、開かれながら続いている文学賞の存在そのものに感謝したいと思っています。

少し自分の話をいたします。私は20代から30代にかけて、散文ではなく韻文を書いておりました。その頃は、自分にしか書けないものを書くのだという野心めいたものを持っていたような気がしますが、このごろは、面白い本が読めればそれが自分の書いたものでなくても全くかまわないと思うようになりました。

それでも、今回応募した小説が多くの方の目に触れる場所に置かれてみますと、少し厳かな気持ちにもなりますし、書き手としてできることを増やしてみたいと思うようにもなりました。

太宰治賞のムックは候補作の四点と選評が読めますから、小説の書き方、とくに人称の考え方については、これを読みながら勉強させていただきました。また、そういう技術のこととは別に、自分の作風というものを公募に挑戦するそれぞれの方がお持ちだと思うのですけれど、書き上げたものを客観的に眺めて、さてどこに応募するのかということを考えたとき、私はなんとなく太宰治賞がいいなと思いました。そういうわけなので、今日自分がここに立っていることよりも、応募する場所があったというそのことに、感謝を申し上げたいです。

私の書いた小説の中で主人公は、家の掃除に打ち込むのですが、その様子は、いま私が書き手としての自分に課題の多さを感じながら励んでいることと、似ているようにも思います。

掃除とちがって、創作というものは、価値の知れないものをどんどん生み出していく行為です。ですが、そうやって副産物のように生まれたものを、面白がってくれる誰かもいるということには、いつも驚かされてきました。

そういう文学の不思議を、お集まりの皆さまと一緒に喜べたらと思っております。望外の機会をいただいたことへのお礼を申し上げて、私のご挨拶をしめくくりたいと思います。本日はありがとうございます」

 

このあと、記念パーティーが開かれました。お越しいただいた方々に篤く御礼申し上げます。

 

*前田知子さんは、受賞後、筆名を「栗原知子」に変更されました。

 

【受賞作が単行本になりました】

栗原知子『フェイスウォッシュ・ネクロマンシー』

息子の不登校に悩むパート主婦の「私」。洗顔料を使ったら、祖母が降霊してしまった。掃除道具と洗顔料と生家の思い出を携え、越冬する。第41回太宰治賞受賞。

ほっとしたい時に読む本